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高齢者の遺言書について

2015.09.10

 高齢者になると、認知症の兆候が見られたり、判断能力が低下するなどの問題が出始めたりします。このような状況の中で作成した遺言書については、遺言の効力に関する争いが生じることがあります。このような争いが生じることを防ぐために、認知症の兆候が見られているような場合であれば、主治医や弁護士などと相談しつつ、遺言書作成の経緯や作成時の状況を明らかにするようにし、遺言内容が作成当時の遺言者の状況で理解できるようなものであったものとするなどの配慮が必要です。また、遺言能力の有無を判断するにあたっての客観的な資料(ビデオ等)を残しておくことが重要です。遺言で争いごとが起こることが予想され、遺言能力を立証することに自信がないときは、自筆証書遺言ではなく、公証人に公正証書遺言を作成してもらうのが良いでしょう。公証人が遺言者の状況をしっかりと観察して判断してくれるため、自筆遺言証書に比べて信頼性が高いというメリットがあります。

 

《自筆証書遺言より公正証書遺言が良い理由》

 公正証書遺言の場合、証人二人の前で、公証人により遺言者の状態と意思を確かめながら遺言書が作成されます。公証人は裁判官や検察官などの法律の専門家が定年などによって退官してからなるので、遺言書作成時に遺言能力があるかどうかをしっかりと判断してくれます。第三者が誰も確認しない自筆証書遺言に比べれば、はるかに信用性は高まります。少しでも判断能力に不安があるならば、遺言書の法的要件において安心ができる公正証書遺言での作成が良いでしょう。

 ※しかし、いくら信頼性が高い公正証書遺言とはいえ、有効・無効が争われ、場合によっては無効になってしまうケースもあります。

 

《公正証書遺言が無効になってしまう理由》

 遺言書を作成するには、遺言書を残そうとする人に「遺言能力(遺言書の内容をきちんと理解し、その内容がどういうことかきちんと理解する能力)」がなければいけません。

 公正証書遺言が無効になってしまう原因の多くは、遺言書作成時に「遺言能力」が無かったとされてしまうことです。例えば、認知症などにより判断能力が低下した高齢者の遺言書です。裁判によって争われたケースの中には、認知症に罹った高齢者の周囲にいる一部の者が、その高齢者の財産を狙って、そのような遺言書を書くように誘導した事例が多くあります。

 このように、遺言者の遺言能力が低下している場合には、かえってトラブルになってしまう可能性があります。

 

☆遺言能力に関しての裁判例

<公正証書遺言が有効と認められた判例>

◎東京地裁平成15年12月17日判決

 原告らが、亡Aの公正証書による遺言は、その作成当時、Aは遺言能力を欠いていたから無効であると主張して、その確認を求めた事案について、遺言公正証書作成当時、Aは遺言能力を有しており、本件遺言公正証書は有効に作成されたとして、請求を棄却した事例。

 B公証人は、事前に準備した本件遺言公正証書の原本の案文をAに対して読み聞かせ、Aの遺言意思と遺言内容を確認したところ、Aはこれを理解し、明確に遺言の意思をB公証人に回答した。B公証人は、遺言公正証書の作成に当たっては、通常、遺言者の挨拶の仕方、応接の態度などから、遺言者の意思能力の有無、遺言意思の瑕疵などを確認することとしているのであるが、当日のAに関して、特別に意思能力に問題があるとは考えなかった。

 本件においては、本件遺言公正証書の作成に当たったB公証人及び証人として立ち会ったC並びにDが、直接にAと面談して遺言内容を確認するに際し、遺言能力があるとの判断を行い、さらに同人らにより、Aが遺言の内容を理解して署名捺印をしたと確認された事実が認められるのであるから、前提となる事実を総合判断すると、本件遺言公正証書は、Aの真意に基づき適式に作成された有効な遺言であるというべきである。

◎名古屋高裁平成9年5月28日判決

 禁治産宣告を受けた老人Aのした公正証書による遺言について、遺言能力を欠いていたとは認めることができないとして、これを有効と判断した事案。

 Aの知能能力は、正常人より劣るものの、物事の善悪を判断し、これに対応した行動をとる程度には達していたと解され、遺言の内容が比較的単純なものであることをも考慮すると、Aは、法律的な側面も含めてその意味を認識していたものと認めるのが相当であるとしたうえ、遺言に至る経緯と整合性及び医学的見地からの各検討結果によっても、Aが遺言作成時、遺言能力を欠いていたと認めることはできないと判断した。

<自筆証書遺言が無効とされた判例>

◎東京地裁平成10年6月12日判決

 76歳の女性Aがした自筆証書遺言について、当時老人性痴呆で遺言を行う意思能力を欠いていたとして、遺言が無効とされた事例。

 Aの日常生活・入院生活の状況、医療を受けていた状況、精神知能検査の結果及び診断などにつき事実認定し、Aの意思能力についての被相続人ら関係者の見方が異なるものの、検査結果(昭和63年8月当時)痴呆は高度異常に属するもので、加齢が原因であるから、平成元年12月当時も同様であったとみられること、本件遺言書自体も重要部分につき趣旨不明であること等を総合すると遺言を行う意思能力を欠いていたと判示した。

 

◎東京地裁平成16年7月7日判決

 遺言者が脳血管性痴呆により遺言能力を欠いていたとして、自筆証書遺言が無効とされた事例。

 本件遺言書作成経緯や医学的見地を踏まえた検討結果から、亡Aは、本件遺言当時、脳血管性痴呆により中等度の痴呆に相当する精神状態にあり、遺言能力を欠いていたと認め、本件遺言は無効であるとした。

 

《高齢者が遺言書を残すときの注意事項》

 高齢者や認知症やその疑いのある方が遺言書を残す場合は、自筆証書遺言ではなく、法的要件において安心ができる公正証書遺言を作成してもらうのが良いでしょう。そして、遺言者の普段の生活の様子や会話をビデオに記録しておくことや、第三者に頼んで遺言書作成時の様子をビデオに撮ってもらうなど工夫をして、遺言書作成時に遺言能力がしっかりあることを立証するための証拠を残すことが大切です。また、不当な影響を避けるために、相続人や受遺者が同席しないことや、皆で情報を共有するなどして、二人きりの時に遺言書を作成しないなど、相続人が周りに誤解を与えないような配慮も必要です。「判断能力のない遺言者に他人が無理やり作らせたのではないか?」など誤解を招いてしまう可能性があるからです。このような誤解があると、有効である遺言書も「無効ではないか」と主張されかねません。

 

最後に

 高齢者や、特に判断能力が衰えている方が遺言書を作成する際には、細心の注意を払わなければ、せっかくの遺言書が無効となったり、逆にトラブルになったりする場合もあります。トラブルにならないためにも、弁護士などの専門家、公証人などとよく相談されて、ビデオ撮影をするなど工夫して、遺言書作成時に遺言能力がしっかりあることを立証するための証拠を確保することが大切です。

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筆者紹介

柳沢 賢二
柳沢法律事務所
弁護士

一、弁護士として、依頼者のために、一つ、一つの案件について、専門家としての①専門性の高いサービスを、②迅速に提供することを心がけています。そして、常に依頼者のために、一つ一つの案件を全力で取り組んでいきます。

二、今、高齢者社会において、相続の問題は誰もが直面する重要な問題だと思います。今までの自分の人生の集大成を納得のいく形で終えれるように、残された家族の方々が困らないように、専門家として皆様の力になれる適切な解決方法の提案やアドバイスをしていきたいと思います。

三、相続の分野でも、紛争後の裁判所での訴訟業務だけでなく、紛争を事前に防ぐ予防法務的な視点から、遺言書の作成、任意後見・成年後見の活用、事業承継のアドバイスなどにも力をいれ、皆様の力になれるアドバイスをしていきたいと思っています。

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