はじめに
令和6年の税制改正により「相続時精算課税制度」が、大幅に使いやすくなりました。
元々この制度は、「世代間における財産偏在」等の諸問題を解消するため「若年層への生前贈与をやりやすく」という目的で作られた制度のはずでした。ところが実態は、平成15年に創設したにもかかわらず、その使い勝手の悪さ故か活用シーンは限定的だったと言わざるを得ません。
このたび20年の時を経てついに「使える制度」へと進化を遂げました。数千万円単位の生前贈与がここにきてようやく現実味を持ちました。今年は「生前贈与元年」と言っていいかもしれません。さらに申し上げれば、この制度は「民事(家族)信託」や「不動産信託」と組み合わせることで、「分割問題」「老後資金不足問題」「認知症対策」等の問題解決への大きな糸口になりうると個人的には期待しています。
しかし応用のためには、まずは基礎です。
そこで今回は、税務上の基礎知識として「不動産オーナーが収益物件を子に精算課税贈与することによる節税方法」をご紹介していきます。昔からあった節税スキームですが、今回の改正により今後は本格活用が期待されるスキームの一つです。
なお、改正内容について詳しく知りたい方は、以前投稿した下記の記事をご参照ください。
2024.04.01投稿
110万円贈与者必見!相続時精算課税贈与が節税のメインストリームに!
1、収益物件を精算課税贈与
収益物件は家賃収入を生み続けるため、時の経過とともに親の相続財産は増加し続けることになります。収益物件を生前に子供に贈与することで以後の不動産収益を子供に転嫁することができ、親の相続財産の増加を抑制し、結果として将来発生する相続税額を抑制することができます。
この手法はメリットもありますが、注意点やデメリットも存在するのでご注意ください。
2、メリット 相続財産増加を抑制
家賃収入1000万円/年(税引き後手残り550万円/年)の建物を子供に贈与した場合、以後手残りの550万円は子供の収益となるため、結果として親の相続財産の増加は抑制されます。贈与時点から相続発生までの期間が10年であれば5500万円(=550万円×10年)、15年であれば8250万円(=550万円×15年)の相続財産を減少させたことになります。贈与から相続発生までの期間が長いほど、節税メリットが増加します。
3、注意点 相続時精算課税贈与及び負担付き贈与
精算課税贈与税では、建物は相続税評価額により計算されます。また、生涯累計で2500万円までの非課税枠が設けられています。2500万円をこえる部分に関しては一律で20%贈与税が発生しますが、ここで発生した贈与税は相続発生時に精算されます。
固定資産税評価額が3500万円の賃貸建物を贈与した場合、相続税評価額は貸家評価で2450万円※で2500万円以下となり発生贈与税額は0円となります。
※3500万円×(1-0.3〔借家権割合〕)=2450万円〔相続税評価額〕<2500万円
【注意点1;贈与時点の評価額で相続税が計算される】
実際に相続が発生したときに相続財産に加算される金額は、相続発生時点の評価額ではなく、贈与時点の評価額が加算されます。仮に相続発生時点の建物の相続税評価額が1000万円だとしても、加算される金額は贈与時点の評価額2450万円となります。
【注意点2:負担付き贈与】
税法上、ローン債務の残っている資産(建物)を贈与した場合は、その資産は相続税評価額ではなく時価により計算するという特殊ルールが存在します。
仮に上記の物件の時価が5000万円で負担付き贈与に該当した場合は、贈与時点において建物評価額5000万円で精算課税贈与税額を計算し、さらに相続発生時点においても建物評価額5000万円で加算されます。(発生贈与税額については精算されます。)
負担付き贈与に該当させないため、基本的に贈与資産はローンの終了した物件を選択することになります。(敷金債務については敷金相当額を同時に子に贈与することで、負担付き贈与には該当させないことができます。)
4、デメリット
①不動産取得税の発生および登録免許税の増加
建物を贈与で取得すると「不動産取得税」と「登録免許税」が贈与を受けた側に発生します。しかし相続で不動産を取得した場合は、「不動産取得税」は発生せず「登録免許税」は、減額されます。
【贈与取得】
不動産取得税=贈与時点の固定資産税評価額×3%
登録免許税=贈与時点の固定資産税評価額×2%
【相続取得】
不動産取得税=非課税
登録免許税=相続時点の固定資産税評価額×0.4%
贈与した場合の税負担の増加は避けられないため、リスクとして認識しておく必要があります。
②土地の評価が「貸家建付地」から「自用地」に
通常、賃貸不動産贈与スキームでは、土地建物を所有している親が建物のみを子に贈与します。土地を贈与することもできますが、税負担が高額になる等のリスクが高まります。また、贈与後において親は子に対して土地を貸し続けることになりますが、地代はもらわないのが一般的です。これは借地権等の別の税務リスクが発生する事を避けるためです。
親が土地建物を所有していて建物を賃貸している場合、土地の評価は「貸家建付地」評価となり一定の評価減(6%~27%)が可能となります。減価割合は所在地域によって異なりますが、都市部ほど減価割合が上昇します。
建物を贈与して土地を無償で貸した場合は、土地の評価は「自用地」評価となり、上記の減額を受けられなくなります。
建物贈与の結果、その敷地(土地)の評価額が高くなってしまい、相続税額を押し上げてしまうという事です。
しかし、建物贈与後も「貸家建付地」で評価させる裏技が存在します。
『建物贈与時点における借家人が相続発生時点においても同一人物である場合、相続発生時においても、土地の評価は「貸家建付地」評価でよい』という特殊ルールがあります。贈与時点における借家人の権利が、借り続けている間は持続しているという考え方です。
しかし現実問題として、借家人が何年も住み続けるとは限りません。ここは不動産管理法人を利用します。贈与前に親と不動産管理法人との間で、賃貸建物についてサブリース契約を締結し、贈与後も子が契約を引き継ぎます。この場合借家人は不動産管理法人となり、借家人が同一人物のまま推移するため相続時においても「貸家建付地」での評価が可能となります。
③土地の評価で「小規模宅地等の特例」が使えなくなる
不動産賃貸業に利用している土地には、「小規模宅地の特例」という土地の評価上の減額特例があります。具体的には、「不動産事業に利用している土地の200㎡までは、土地の評価額を50%評価減してよい」というものです。土地の価格や面積により影響度は異なりますが、相続税においてはインパクトのある特例となっています。
建物贈与後において敷地を無償で貸し付けている場合は、その土地は不動産賃貸業に該当しないことになり、基本的にこの特例が使えないこととなります。結果、その敷地(土地)の評価額が高くなってしまい、相続税額を押し上げます。
ただし、先にも書いた通りこの特例は200㎡までという面積制限があります。親が賃貸不動産を複数所有している場合、基本的に最も有利となる土地(地価の高い土地)を選択することになります。今回の土地が当初から特例適用予定地でない場合は、小規模宅地の特例を使えなくなることの税金的なダメージは発生しません。
5、まとめ
不動産建物贈与はメリットもありますが、注意点やデメリットも多数存在します。実行に当たっては、事前のシミュレーションが必須事項です。シミュレーションの結果、実行しない方が無難なケースも十分に考えられます。
またスキームの性質上、贈与から相続発生までの期間が長いほど節税効果が増大します。実行するのであれば、早いに越したことはありません。
令和6年の相続時精算税贈与の改正は、近年まれにみる大改正です。
この機会に、相続対策も含め、是非前向きにご検討されることを推奨します。